heaven's sky -episode8-





―約数か月前の出来事





「アーサー、いくら自分の守り子だからって最近覗きすぎじゃないの?」
「うるせえフランシス。お前のその口、糸で縫いつけてやろうか」
「相変わらず口の悪いやつ・・・」


ここは下界で言う天国である。見渡す限り全て天使で、各々の守護者を観察したり遊びに耽っていたりと割と自由な生活を送っている。食べ物を食べる習慣がないものだから食事なんかは勿論無い。しかし何故か水と酒はあるので天使たちの唯一の至高と言えば酒を飲むことだ。アーサーとフランシスもまた酒を飲みながら談笑をしていた。


「アーサーの守り子のっていう子?お兄さんも一度見てみたいなあ」
「ぜってえ見せるかばか。あいつは俺のもんだ」
「守り子っていう意味ではね」
「ぐっ・・・」


アーサーは言い淀んだ。確かにアーサーとの間には天使と守り子といった関係でしかない。下界から彼女の様子を見守り、寿命が終わるまで彼女の面倒を見、最終的には天国に連れて行くのが天使の役目だ。アーサーもまた彼女の様子を毎日のように覗き、危険が無いか監視していた。しかしアーサーの気持ちは揺れていた。と一度でいいから話してみたい。話をて、どんな娘か探ってみたい。そんな思考が頭の中で駆け巡る。



「俺、下界に降りる」
「は?何言ってんのお前。それじゃあ一生こっちに返って来れないぞ」
「んなもん関係ねえよ」
「本当に言ってるのか?」
「ああ、嘘はつかねえ」
「全く、お前は突拍子の無いことを平気で言う。お兄さん知らないよ、上の人に何て言われるか」







そして今、アーサーは天国という領を治めている大王の目に前に居る。初めて会ったといっても過言でもないアーサーは、あまりにも体格が大きくオーラの強い彼の姿を見て、少しばかりたじろんだ。


「用件は何かね」
低い声で天国の長はアーサーに問う。
「俺を下界に連れて行ってください」
「用件はそれだけか。ならば立ち去れ」
「お願いです、会いたい人がいるのです」
「会いたい人というのは女か?」
「そうですが・・・」
「天使が下界の女に好意を向けるだと?ちゃんちゃら可笑しな話だ。馬鹿な行動は控えることだな」
「ですがどうしても会いたいのです!」


一口酒を含んだ長はうーんと少しばかり考えながらひとつ提案を出した。
「ではお前を下界に行かせよう。ただし、条件がある。この翼を折ってからだ」
「え?」
「先程どうしてもといったな?ならば翼を折ることなど容易いことではないのか?」
「それもそうですが」
「翼を折っても構わないのなら我がお前を下界に帰そう。しかしこちら、天国には一生帰ってくるな」
「・・・承知しております」
「ならば話が早い。今ここでお前の翼を折るとする。飛べなくなる所以、天国へは戻れないだろう」
「・・・分かりました」


そしてアーサーの断髪式ならぬ断翼式が行われた。大王はこんなこと慣れているようなそぶりで、なんの抵抗も無くアーサーの翼を折った。ぐきっと骨の折れる音が部屋中に広がった。ぐっ、とアーサーの苦しみの声が聞こえる。やはり翼とはいえ、骨を折られるのは驚くほどの苦痛であろう。


「これで満足とは思うなよ。お前にはまだ試練がある」
「試練とはどういうことで?」
「ここの天国から下界へその身一つで落ちて行って貰う」
「なっ、そんな無茶です」
「なあにお前は天使だ。死にゃあしない、大丈夫だ」


不敵な笑みを浮かべながら大王が言った。ここから下界へ降りるなんてどうやって?アーサーは疑問に思ったがその疑問は大王の言葉で漸く知らされる。


「ここから飛び降りろ」
「え?ここからですか」
「そうだ」
「しかし、それでは俺が死んでしまう」
「だから天使は死なないっていっただろう」
「それもそうですが」
「ということで、今から飛び降りろ。羽根がないからすぐに飛び降りれるさ」
「・・・分かりました」


アーサーはに会い、直接話をしたいという理由で翼を折られ、天国から下界に下ろさせることとなった。理不尽な話だと思われる人もいるだろうが、大王のお言葉だ。誰も逆らうことはできない。



大王の間から帰ると、まだフランシスは一人酒を嗜んでいた。アーサーの折れた翼を見た彼は開口一番こう言った
「うわ、酷いことされたな。大王さまって案外酷いやつなんだね」
「これもに会うためだ。痛いなんて言ってられっかよ」
「強がっちゃって。でいつ下界へ行くんだ」
「今から行くさ。早くあいつに会いてえんだよ」
「早い行動だこと。、ま、お兄さんは止めないけどね。ただ、無茶はするなよ」
「ああ分かってる」





「フランシス、今まで喧嘩ばかりしてたけど、なんだその、悪かったな」
「今になって仲直り宣言?おかしい話だな。今まで腐れ縁だったわけだ。お兄さんも少し寂しいよ」
「ありがとうな。世話になった」
「たまには素直なことが言えるじゃないか。ちゃんと出会えるといいね」
「ああそうだな。それが一番の問題だ」


ふ、とアーサーが微笑んだ。ここ最近元気のなかった彼だが、何かが吹っ切れたのかいつもより表情が優しい。に会いてえなあ、そう呟くアーサーはどこか儚げだった。まるでお姫様が王子様の迎えを待つような。無論、性別は逆なのだが。
じゃあな、決意を決めたアーサーはフランシスにそう言うと、天国の雲から飛び去った。フランシスに言葉を発せさせないほどの早さで彼は天国から消えた。アーサーは天国から消えた。




「やれやれ、あいつ天使なんかの分際で人間に本気で惚れこむなんて」
フランシスは酒を優雅に飲みながら友であるアーサーの最期の姿を見届けた。












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(10.11.25)


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