heaven's sky -episode9-






長かった冬も終わり、ようやく春が訪れた。桜の木から花びらがはらはらと散りゆく姿は毎年、何度みても壮大である。日本に生まれてきて良かった、そう思わずにはいられない。もまたそう思っているうちの一人であった。登校中から見える桜並木を眺めながら、は学校へと向かっていた。


数年間、言葉を交わしていなかった母とはやっと和解できた。それもあの事故のおかげといったら皮肉になるだろうか。の怪我は幸いなことに頭や体に後遺症が残るほどではなかったらしく、一応検査も兼ねて一か月ほど入院したあとすぐに退院できた。退院した日、の部屋には友人が何人も押し寄せていて、その日は退院祝いと称してパーティーを行った。自身のためにこんな盛大なパーティーをあげてくれるとは思ってもみなかったので、たまらずが感動して泣いてしまったのは時既に遅し。泣いているを見た友人たちは、ゲラゲラと腹を抱えるほどに笑っていた。「だって嬉しかったんだもん」はそう言うと、今度は量を増して、更には鼻水を垂らしながら涙を流した。友人たちの笑いの勢いも止まらなかった。ちなみにその日が驚くほどに号泣したという話は、暫く友人たちの間で語り継がれていた。


学校も新学期が始まった。まだ着慣れない真新しい制服を着た新入生やスーツを新調してピシっと決め込んでいる新社会人、もちろん新年度になり気持ちを新たにして向かう学生やサラリーマンたちが揃って街を歩いていた。もその中の一人で、気持ちをまっさらにして学校へ向かっている。新しい出会いはあるだろうか。怪我も完治し、今のの心の中は幸せで溢れ返っていた。


その時だった。角から走って来たと思われる者と出会い頭にぶつかった。ボスン、と鈍い音がした。頭を打ったのだろう。ぶつかった拍子では少しだけ後ろに飛び、尻餅をついた。「いったあ・・・」痛みで思わず声が出る。


「いってえ。どこ見てんだよてめえ!」
「ご、ごめんなさい!」
「ったくのろのろ歩いてんじゃねえよ」


「ごめんなさい」もう一度謝罪しようと思った時だった。はその時初めて男性の顔を見る。思わず目を疑った。モサモサした金髪にエメラルドの美しい瞳、そしてその悪い言葉遣い。どこかで出会った人物に似ていた。しかし今は羽根なんか付けておらず半裸でもなく、スーツを着たごく普通の人間であった。年はよりも高いだろうか。顔は童顔であるがひとつひとつの仕草は年相応に大人らしい。


「大丈夫か?」
「はい、なんとか」


男性がの手を取る。その時、あたたかい何かがの心の中を駆け巡るのが分かった。心臓がドクンと高鳴った。心拍数が速くなる。の息苦しそうな様子を見た彼は「おい、本当に大丈夫かよ」と心配する。そんな言葉をかけられたものの、実は息苦しくなんてなかった。ただ驚いていただけだ。寧ろ速まる心拍数が心地良い程だった。「全然問題ないです」はにこりと笑顔を向け、彼を安心させる。「そうか、良かった」彼もまた笑みを零す。


だんだんと鼓動が静かになっていくのが分かった。すう、と一呼吸置いて自身を取り戻す。そしてもう一度彼を見遣る。身なりが変わっていても、天使じゃなくとも、自信があった。彼が彼だということを。は待っていた。冬の間、ずっとずっと。いつかまた会えると信じていた。祈り続けると願いは叶うとはこういうことなのだろうか。目の前の光景を見て、空にいる神様、そして天使たちに感謝を捧げたいと思った。は彼のエメラルドの瞳を見つめると、一言こう告げた。


「あなたの名前、教えてくれませんか」







Fin.


(2011/05/10)

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