「ほら。動物って春になると発情期になるじゃん。それと同じ」


 全く意味の分からない言葉を言い放ったかと思えば、ブン太は私の口を塞いだ。口内に甘ったるい味が広がっていく。ブン太とのキスは、いつだって甘い。やがて二人の唇がゆっくり離れると、呆れた顔をした私は彼にこう言った。


「発情期て。あんたはサルか。ていうかブン太は万年発情期でしょ」
「そうかもしんねえ」
「否定はしないんだ」
「うん。今だってムラムラしてるし」
「へえ。勝手にどうぞ」
「ひっでーな相変わらず」


 こんな軽率な行為をしていても、実は私たちは恋人同士ではないのだ。どんな関係かと他人に問われても『ただの友達』と二人揃って答えるだろう。ブン太は私を恋愛対象と見ていない。しかし、ブン太と私はキスをしたりそれ以上の行為もする。全く私は都合のいい女に過ぎないのだと、つくづく自分でも思う。分かっている。それでも構わないと割り切っているのだ。


 カレンダーが四月に変わり、満開だった桜もやがて葉桜となった。やって来るのが遅かった春も、いつの間にか足早に去っていき、初夏が早く早くとウズウズ待ち構えている。そんな四月の晴れたとある日の午後。私たちは春の麗らかな陽気で思わず眠たくなるような下らない会話を交わす。


「彼女できた?」
「できてねえよ」
「これから作る気は?」
「今はねえな。ほら。部活が一番、みたいな?」
「ブン太でもそういう一丁前なこと言うんだ」
「言っちゃあ悪いのかよ」
「別に悪くないけど」


 「それより続き、しようぜ」ほら、また私の口を塞ぐ。慣れた手つきで、ブン太は私のブラウスのボタンを外していく。やがて彼の手は私の胸へと伸びていき、ブラジャー越しに胸を揉んだ。下着越しでも分かるその快感が堪らなく気持ち良くて、次はどんな事をしてくれるのかと心躍りながら今か今かと待ち望む。そして、遂にブン太の指がブラジャーのホックにやって来たところで、何故かブン太の指が急に止まった。


「どうしたの?」


 不安に思った私は、思わずブン太に訊ねた。キスの続きをしようと言ったのはブン太の方だし、私はそれを拒否せず受け入れたし、何より、やりたい盛りの男子中学生なんだから、目の前に衣服が乱れた幼気な少女がいたら襲うに決まっているだろう。とにかく、どう考えてもブン太が私との行為を止める理由が見つからなかった。


「いや、何でもない」


 そう答えたブン太の顔色は、先程までとは明らかに違っていた。それはまるで、背徳者みたいに何か過ちを犯しているような人間に見えた。表情はいつもより暗い。そう見えたのも一瞬で、すぐにブン太は顔色を取り戻し、「気にすんな」と言って私を抱いた。


 少しのわだかまりが残ったものの、結局、行為は最後まで達し、ブン太の吐き出した欲望の塊の全てを受け入れて終わった。呼吸がまだ整っておらず、肩で息をしているブン太の顔がどうしようもなく愛おしく感じて、彼の特徴的な赤髪を私はわしゃわしゃとかき撫でた。


「なあ、
「ん、なに」
「もしも俺たちが実のキョーダイだったら、どうする?」
「え?」


 いきなり何を問うているのだろう、と驚いたが、まあいつもの暇潰しの冗談だと思い、私は「キンシンソーカンになるね」と笑いながら冗談で返した。


「うん。そうなるよなあ」
「でも、それってちょっと背徳的で逆に興奮しちゃう」
「あ、やっぱり? 俺もチョー興奮する派」
「だよねー。でも、そんなの所詮漫画やドラマの話だし」


 「まあな」ブン太は、制服のワイシャツに袖を通すと、帰り支度をし始めた。「今日は帰るの早いんだね」私が訊ねると、「弟たちの世話しなきゃいけねえからな」と答えた。小さな弟が何人もいるお兄ちゃんは大変だなあ、とぼんやりと考えていると、徐にブン太が口を開いた。


「ところでさ」
「うん」
「俺とって誕生日、同じだよな」
「うん。そうだった。ていうか今日じゃん」
「自分の誕生日忘れんなバーカ」
「すみません」
「俺からの天才的なサプライズプレゼント、欲しい?」
「え、プレゼント用意してくれてるの? 欲しい欲しい!」


 「ちょい待って」ブン太は、ベッドの下に置いてあった学生鞄からガサゴソと中身を漁れば、ほらよ、と封筒に入ったある物を私に渡した。あのブン太からプレゼントを貰うなんて奇跡に近い、これは永久保存物だな、と胸を高鳴らせながら、ニヤけた顔をしながら中身を開けた。




 それは、たった一枚の紙だった。


 “たった”一枚の紙ごときで私の人生が変わるなんて、思いもしなかった。




「え・・・。ブン太。これって」


 助けを求めるようにブン太の顔を見たが、まるでこの世の全てに降参したかのように、ブン太は眉尻を下げて「本当なんだよなー」とだけ、空虚に言い放った。
 私は放心状態のまま、ブン太だけを見つめる。手に力が入らなくなって、ひらりと紙が手からすり抜けた。そして、ブン太は私が落とした紙きれを拾うと、確認するように記載されている名前と生年月日を見てこう言った。


。ハッピーバースデー」


 誰でもいいから、お願いだから、どうか嘘だと言ってくれ。








アバンチュールの果て
(2015/04/29)

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