何でも出来ちゃう涼太くんは、私の憧れだった。


 だから、涼太くんに迫られた時は嫌な気がしなかったし、寧ろそうして扱ってくれるのが嬉しくて、その後は彼の思うがままにされた。でも、涼太くんは私の恋人ではない。『付き合って』なんて言葉は一切言われた事がなかったし、今後言われる予定もないだろう。


 それでも、私は涼太くんとこうやって夜を共に過ごす時間が何より幸せだった。行為が終わり、下着を身に付けて一息ついた時、私は涼太くんが載っているファッション雑誌を持って来ていた事を思い出すと、一緒に見ようと提案した。すると、涼太くんも快諾すれば、私は鞄の中に入っているファッション雑誌を取り出した。


「涼太くん。今月いっぱい載ってるじゃん。しかも表紙って。すごいね!」
「こないだ撮影した時のっスかね。確かに二、三か月前は忙しかったなあ」
「バスケもしてるのに、時間足りないんじゃない? 無理しちゃダメだよ」
「そう言ってくれるの、っちだけっスよー」
「そんなことないよー」


 そうやって私の胸に泣きつくような素振りを見せるのが、なんとも可愛らしい。まるでワンコみたい。なんて心の中で思いながら、私たちは恋人ごっこを楽しむ。
 涼太くんとこういう関係になったのは、多分中学三年が終わろうとした頃だった。だから、もうすぐ一年だろうか。涼太くんの重荷にならないように、敢えて彼とは違う高校に進学した。高校が違っても、涼太くんの連絡先は携帯電話に登録してあるから、いつでも連絡できるし、二人の時間さえ合えば、いつでも会える。それで、満足していた。


 しかし、何故だか最近物足りない。確かに、涼太くんとこうやって遊ぶのは楽しい。でも、何かが足りないのだ。例えるとお腹いっぱい食べたつもりなのに、デザートなら幾らでも入る、みたいなそんな感じだ。頭があまりよろしくない私にはそういう例えしかできないのが辛いものだけど。
 だがそれがいつの間にか“独占欲”というものに変化しているとは、その時の私にはまだ理解出来なかった。


「ねえねえ、涼太くん」
「なんっスかー?」


 私の髪を優しく触りながら、涼太くんは甘ったるい声で返事をする。心地が良かった。ずっとこうしていたいし、涼太くんも、私だけを見て欲しいと心の底から思った。そうか、私は涼太くんの事が。


「私、好きなの。涼太くんのことが」
「オレも好きっスよ。っちのこと」
「んー、そうじゃなくって。なんていうのかな。うーん」


 うーん、うーんと少し考えたところで、私は、抑えきれなかった欲求をたった今、吐き出す。


「私、涼太くんの彼女になりたい」


 涼太くんは、ただでさえ大きな瞳をぱちぱちと二、三往復ほど瞬きさせると、一瞬動揺したようにも窺えた。長い睫毛が綺麗だなあ、羨ましいなあ、と私が呑気に考えていたところに、涼太くんは、ほんの少し前までの笑顔はどこに行ったのだろうかと思う程、冷たい顔つきを見せると、私にこう言い放った。


「あー。オレ、そういうの無理なんだよね」
「えっ」
「特定の女の子と付き合うの、向いてないらしいんスわ」
「そう、なんだ」


 私の髪を触るのをやめると、ベッドで寝転がっていた涼太くんは起き上がり、私の制服を乱雑に掴んでこちらに寄越した。


「ねえ、っち。今日はもう帰ってくんない?」
「え・・・?」
「やっぱりっちも、他の女の子と同じなんスね」
「そんなこと、ないよ?」
「なんつーか、萎えた。今日はそんな気分じゃなくなったし、また今度来てよ」
「・・・うん。わかった」


 その後、私はひとり少し皺のついた制服に着替えると、鞄を肩に提げて涼太くんの部屋のドアノブを回した。


「じゃあ、涼太くん。また今度遊ぼうね」
「うん。またねー」


 涼太くんの家を出ると、辺りは真っ暗で街灯だけが頼りだった。一人で駅まで歩いて帰るのは、慣れている。慣れていた筈なのに、今日ばかりは足取りが酷く重たかった。


 涼太くんはもう、これから私と会ってくれないのだろうと、馬鹿な頭なりにも想像できた。


 そこら辺にうじゃうじゃ存在している量産型女子みたいにはなりたくなかった。肩書きやステータスに惹かれて寄ってくる女にはなりたくなかった。一緒にされたくなかった。
 でも、涼太くんにとっては所詮、私も何処にでもいるただの女に過ぎないのだろうと、彼女たちと同じなのだと、痛感した。結局私も、彼の『特別』にはなれなかったのだ。


 好きだった。本当に。誰よりも。他のミーハーな女の子みたいな肩書きと容姿だけに惚れて好きになるわけなかった。でも、どこかしら、私にもそういう彼女たちと同じような気質があったのだろうと、思い知らさせる。




 私の生まれて初めての告白はいとも簡単に流され、無いものとされた。




 私は駅に向かう道とは反対の方向に向いて歩いていくと、程無くして近くに流れている河川敷までやって来た。サラサラと小さなせせらぎ音を出して流れている川をぼんやりと眺めながら、今日までの事を思い返す。楽しい一年間だったな。それもこれも、涼太くんのおかげだな。
 そして、大きく振りかぶると、片手に持っていた携帯電話を、川へと投げ捨てた。


 ポチャン、と携帯電話が川の中に落ちたのを音で確認する。一人で暗い夜道の中帰るのはとても寂しい筈なのに、今日は何故だか気分は晴れやかだった。毎晩涼太くんに会いたくて、泣きたくなる程だったのに、連絡手段が無くなった途端、何もかもどうでもよくなった。


 スキップをしたくなるくらい軽快に、私は駅へと向かっていく。今まで、何処に持っていけばいいか分からなかった心の中に埋まっていた哀しみも乗り越えられた気がして、未来がやっと開けた気がして、思わず駅までダッシュした。




 ありがとう、涼太くん。本当に好きだったよ。
 貴方のおかげで、私は成長できそうです。








寂しい夜を乗り越える方法
(2015/02/01)




告白企画『Confessione』様へ捧げます。
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