高校時代の友人が入籍した。彼女は当時、学年でも一番の美人だったので、彼女の結婚の話はSNSなどから忽ち広まり、高校時代の旧友と飲みに行く事があれば必ずとも話題を持っていくほどだった。そして、半年後の今日、彼女の結婚式が執り行われた。


 挙式から参加した私は、扉からゆっくりと登場した、彼女の純白のウエディングドレスを見た途端、感嘆の声が思わず漏れた。それ程までに、彼女の花嫁姿は美しかったのだ。二十代半ばになった今、結婚式への出席は何度か経験した。しかし、こんなにもウエディングドレスが似合う女性は今まで居なかったように感じる。


 挙式が終わり、私と友人は花びらを両手いっぱいに持ってフラワーシャワーを新郎新婦に浴びせた。おめでとう、おめでとう、と何度も繰り返し彼女に向かって叫んだ。すると、私たちに気付いてこちらに振り向いた新婦は、ありがとう、ととびきりの笑顔で言葉を返してくれた。幸せそうな表情を浮かべた彼女を見て、心底結婚して良かったな、としみじみ思った。


 披露宴は、盛大に行われた。新郎側の旧友、そして、私の友人である新婦側の旧友も集まり、まるで同窓会が開催されているのかと思う程、見知った顔が沢山居た。此処に居る、私を含む殆んどは立海大附属中学校からのエスカレーター式だったものの、彼女は高校から立海に入学した数少ない生徒だった。しかし、やはり彼女が美人だったからだろう。彼女が立海の生徒になった途端、一瞬にして話題を掻っ攫っていった。正直羨ましかった。


。シャンパンなくなってるよ。持ってこようか?」
「あ、本当だ。じゃあお願いしてもいいかな」
「うん。行ってくるね」


 いつの間にか無くなっていたグラスに入ったシャンパンを、一緒に参加した友人が持って来てくれる事になった。その間、私は周りの様子を何となしに見ていた。


(あ、元テニス部レギュラーの集団だ。相変わらず目立つなあ。)


 立海大附属といえばやはり、テニス部である。全国制覇を何度も成し遂げた、絶対的、そして厳格なる王者。私も何度もテニス部の試合には観に行った。テニス部レギュラーのあいつらは皆モテてたな、なんて当時の事を思い出しつつ花嫁姿の彼女をぼんやりと遠目で眺めていた。そう、あの時もこんな風にあいつと幸せそうに笑ってたな。・・・あれ?あいつって。ああ、そうそう。今、私の目の前に居る燃えるような赤髪の・・・。って、あれ?





 その私の名前を呼んだ“赤”の男は、まごうことなく立海大附属元テニス部レギュラーの丸井ブン太であった。


「ブン太じゃん。久しぶり」
「久しぶりだな。まさかこんな所で再会するとは」
「偶然なんだかどうなんだか」
「皮肉かよ」
「いえいえ何でもございません」


 話を聞けば、ブン太は現在、スポーツ用品メーカーの営業をやっているという。子どもの頃から好きだったお菓子作りは、趣味で今でもやっているらしい。とは言っても本業はメーカーの営業なので、忙しいからあまりお菓子を作る余裕はないそうで。
 「それにしても花嫁姿、とっても綺麗だね」「まあなー」なんて生返事をしてきたので、私は勝負を仕掛けてみた。それはほんの興味本位に過ぎなかった。


「で、大好きだった元カノさんの結婚式はどんな気分?」


 悪戯気味に私が言うと、ブン太は苦笑しながらこう答えた。




「最悪だっつうの」




 ブン太は、本日の主役である新婦の元彼氏だったのだ。高校時代二人は、二年間ほど付き合っていた。青春をほぼ全て捧げても言っていいくらい、二人はいつも一緒に居たし、お互い好き合っていた。それは傍から見ても丸分かりだった。私もこんな青春時代を送りたかったなあ、なんて、何度思った事か。誰もが羨む美男美女カップルは、学校中でも有名だったのを、今でも覚えている。


「俺、ちょっと期待してたんだよな」
「彼女に?」
「まあな」
「そ、っか・・・」
「別れてもやっぱり好きだったし、何度もより戻そうってあいつに言ってたんだ」
「意外だな。ブン太が一人の女の人をそこまで引き摺るなんて」
「本気だったんだよ」


 そうやって、花嫁を遠目で見ながら言葉を紡いでいくブン太の横顔は、今にもこの世から居なくなってしまいそうな程に、儚かった。十数年間見てきた中で、初めて見る表情だった。


「ブン太は格好いいし性格も良いんだから、もっと素敵な人と結婚できるよ」
「それお世辞で言ってんじゃねえだろうな」
「私がお世辞なんて器用な言葉を言えるとでも?」
「そうだった」


 ははっと笑うブン太の顔は、やはり空元気で、披露宴が終わればこの後江ノ島辺りの海で入水自殺でもするんじゃないかと思うくらいだった。今、ブン太を助けられる人間は、この世に居ない。花嫁姿の元彼女はもう、助けてはくれない。


「って、おまえ。。なに泣いてんだよ」
「・・・え?」


 時既に遅し。気付いた頃には、涙が私の頬を伝って地面に落ちていた。幸いな事にウォータープルーフマスカラでまつ毛を塗ってきたので、目元が酷い事にならなかっただけマシだろう。そんな私の泣き顔を見るなり、途方に暮れながらブン太が乾いた笑みを向けてこう言った。


「泣きたいのはこっちだっつうの」
「そうだよね。うん。何でだろうね」


 何でだろうね。“中学時代”、ブン太は確かに私と付き合っていたよね。『好き』って何度も私に言ってくれたよね。お互い初めてのキスを、こっそり放課後の教室でしたよね。初めて経験した恋愛を、二人で一緒に歩んでいったよね。でも、ブン太はきっと私と付き合っていた事を、忘れちゃったんだろうね。それ程までに、彼女の事が今でも忘れられないんだろうね。悲しいね。忘れられないのは。ブン太。私なら、その悲しみを取り除いてやれるのに。でも、私じゃダメなんだろうね。


「本当に。何で私、泣いてるんだろうね。不思議だね」


 ずっと好きなのは、私のほうだよ。








ノットイコール
(2014/05/11)

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