とのキスは、正直言ってあまりいい気はしない。何故ならば、いつもきつい煙草や酒の香りが俺の口内を制圧させるからだ。それは、彼女自身も知っている。おそらくわざと俺にそんな事をしてくるのだろう。“嫌がらせ”。この言葉が一番相応しい。


「真太郎ってさ、面白いよね」
「唐突に何なのだよ」
「別に。なんとなく思っただけ」
「そうか」


 は飲みかけていた缶ビールを再び手に取り一口含めば、喉をごくりと鳴らせた。美味そうにビールを飲む彼女の姿は、割と嫌いではない。かと言って好きというわけではないし、見惚れる程でも勿論ない。見惚れる事なく、ふと、横目でちらりと一瞥すると、不意に彼女と目が合った。


「何。ビール分けて欲しいの」
「要らん」
「あっそ」


 彼女と違って、俺は酒を一滴も飲まない。飲む理由がないからだ。と暮らし始めておよそ一年程経つが、彼女が酒を切らした事は今まで、一日も無かったように思える。他人はそれを“アルコール依存症”と呼び、軽蔑するだろう。しかし、成人しているのだから彼女の好き勝手にしてやってもいいではないかと、俺は考えるのだ。その、僅かな“優しさ”が俺自身を駄目にさせているのだろう。自分でも分かっている。


「真太郎。冷蔵庫から缶ビール取ってきて」
「自分でいけ。それくらい」
「チッ。ケチ」
「女が舌打ちをするな」
「男女差別でーす。名誉棄損で訴えまーす」
「お前という奴は・・・。いちいちうるさいのだよ」


 俺がそう言うと、は突然ケラケラと笑い出した。何がおかしいのか全く分からなかった俺は、彼女に気付かれない程度に、ほんの少し首を傾げる。だが、おおよその予想はついている。予想も何も、確実にアルコールの所為だろう。はアルコールを多量に摂取すると、気分が昂り笑い上戸になる。部屋のテーブルを見てみると、もうロング缶四本目だ。休日とはいえ、飲み過ぎだ。昼間から何をしているのだろうかと呆れる程だった。


 結局、は自分で缶ビールを冷蔵庫から取って来た。口を尖らせながら「真太郎って本当に冷たいよね」と言ってきたので、「悪かったな」と答えてやった。


 不意に目が合えば、がこちらに近寄ってきて、徐に俺の唇を奪った。二人にとってはなんて事のない、日常のワンシーンだ。それにしても、酒臭い。酒の匂いで脳が鈍足回転になっているうちに、の舌が俺の口内へとゆっくりと入って来た。俺もそれに応えて舌を絡ませる。はたまた歯の裏を舐め取ったり、時々息継ぎしたりしながら長いキスを交わしていく。


 「ねえ、真太郎」キスの最中、一旦お互いの唇が離れた時、に名前を呼ばれた。「何だ」俺が答えると、は小さく笑みを添えながら言葉を続ける。


「私ね。こうしてる時が一番幸せ」
「そうか」
「真太郎は?」


 の言葉に答えるように、今度はこちらからキスをしてやった。相変わらず彼女の口内は煙草と酒の匂いが充満しており、思わず顔を歪める程だった。


 俺とは、全くと言っていい程、共通点がないのだ。それでも何故、割と長い期間付き合っているのかは、俺たち自身も分からない。そんな分からない事だらけでも、こうして一応好き合って付き合っているのだから、まあ、いいのではないかと思うようになってきた。そう思うようになったのは、おそらくのマイペースな性格の影響を受けているのは確実な事象だ。思わず溜息が出る程だった。


 キスが終わると、自分でも分かるくらいにぶっきらぼうな表情を浮かべて、俺はこう言った。照れ隠しのつもりかもしれない。


「・・・悪くはないのだよ」


 眼鏡を外すと、の首筋へと吸い付いた。彼女の嬌声が小さく上がる。








不協和音を奏でましょう
(2014/03/12)

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