「私たちって、将来ちゃんとした大人になれるのかなあ」
「俺まで巻き込むな。と違って俺は真っ当な人間になるし」
「アンタの方がよっぽど真っ当な人間に向いてないけど?」
「うっせーブス」
「黙れ似非イケメン」
「可愛げのない奴」
「三上だって」


 そんな小学生のような会話を交わしながらも、私たちは恋人同士だったりする。中等部三年に進級して私は三上と同じクラスとになると、何故だか馬が合った私たちは殆んど初対面にしてすぐに仲良くなって、いつの間にかクラス公認のカップルになっていた。どちらが告白して付き合いだしたとかそういうのは一切無かった。三上も別に嫌ではないようだったし、私も三上の事を友達以上に見ていた節もあったから、『ま、いっか』みたいな軽いノリでカップルが成立した。


「三上は早く大人になりたい?」
「まあ、それなりにな」
「そっかー」
「お前はなりたくないのかよ」
「んー、私はまだいいかな」
「どうしてだ」
「今が人生の中で一番幸せだから。だから、将来これ以上の幸せは訪れないかもしれないと思って」
にしては随分と保守的だな。つうか十数年しか生きてないクセに大人ぶった事言うなバーカ」
「はいはい馬鹿で悪かったですねー」


ただの日常の一コマが、その時の私にとっては非常に貴重でかけがえのないものだった。保守的と言われても良かった。隣に三上が居るのなら、世の中どうなったっても良かったのだ。未来を見てしまうと、考えてしまうと、とても怖い。来たるべき未来は、今のように、ごく当たり前のように三上が隣に居るわけではないのだから。


 だから私は、大人になんてなりたくなかった。





 あれから十五年も経った今、三上は、本当に真っ当な人間になってしまった。高校、大学を卒業すると、三上は幼い頃からの夢だったJリーガーになった。Jリーグで活躍し続けて数年経った今は、世間では『MFといえば三上』とまで謳われるようになった。あいつは大人になって、自分の夢を叶えてしまったのだ。


 中学時代、三上は私にこう言った事があった。『お前もいつか大人になるんだ。だからその為の準備をしとけ』と。当時、彼が何を言いたかったのかよく分からなかった私は。「うん分かった」などと、適当に生返事をして彼の言葉を流した。しかし、大人になった今、その言葉の意味が分かったような気がする。理解するのに随分と遅い時間がかかったと、我ながら苦笑してしまう程だった。


 確かに三上と共に、隣で一緒に歩んできた数年間は、私にとって宝物以上のものだった。何度振り返っただろう。思い出しては一人微笑み、そしてもう二度とその頃の青春時代には戻れないのだと、後悔しては涙を流す。その繰り返しを、私は一体何年やってきただろうか。気が付けば、もうこんな年齢になってしまった。


 周りはもう、結婚していたり子どもを授かったりしており、確実に幸せな家庭を築き上げている。SNSで彼らの近況を覗いては、楽しそうな家族写真ばかりアップしていて、思わず私の口元も緩む。と同時に、私は一体何をしているのだろうと現実に引き戻されるのだ。全く無様な人間だ。





 今夜に限って眠れないのは、日にちを跨げば誕生日を迎えてしまうからだろう。こんな年齢になってしまっても、自分の誕生日にドキドキしてしまうのは我ながら情けないと毎年思う。しかし、ここ数年のドキドキは心が躍るようなそれではなく、最早恐怖に近いドキドキだった。


 そんな途方もない事を考えているうちに、時計の針が頂点に達した。遂に迎えてしまった。ハッピーバースデートゥーミー。まさか三十路の誕生日を一人暮らしの自分の布団の中で迎えようとは、十五年前の“”にとっては想像だにしなかっただろう。ざまあみやがれ青春真っ只中の十五歳。これが三十路だ。三十路になると開き直るのもこんなにも早くなるのかと、思わず悲しくなった。


 自嘲気味に、いや、寧ろ自暴自棄になっているまさにその時だった。突然、玄関のインターホンが鳴った。こんな夜中に誰だろう。宅配便か。絶対有り得ない。独身仲間の女友達は、みんな美容の為に毎晩早めに就寝しているのでそれもない。それじゃあ一体。ただの悪戯だと思って一度は無視をしたが、もう一度鳴ったから悪戯ではないらしい。私は寝間着の上に、上着を羽織って玄関へと向かうと、チェーンを外し、鍵を開けた。




「よう。三十路女」
「・・・・」
「せっかく来てやったのに、返事はないのかよ三十路女」
「・・・黙れ三十路Jリーガー」
「お前は本当に変わらねえな」
「変わんなくてすみませんね」


 感動の再会?そんなもの、私の中ではこれっぽっちもありやしなかった。しかし、少しだけ期待していた自分が恥ずかしい。夢に見ていた、『いつか王子様に迎えに来てもらうの』なんて事までは流石にもう言わないし言える歳でもないが、三上くらいなら来てくれてもいいんじゃないかとは思っていた。馬鹿すぎる。でも、これが現実なのだ。


「お前さ、覚えてる?」
「何を」
「覚えてなかったらいいわ」
「あっそ」


 正直、動揺している自分がいる。それを隠そうと、必死に冷静になって平静を保とうとしている私を見て、ククッと小さく笑いながら三上がこう言った。彼には全て見透かされているのかもしれない。


「ホント、昔に比べて無愛想になったもんだ」
「悪かったですね」
「こんな売れ残りの三十路女なんざ、俺と結婚するしかねえな」
「そうですね・・・って、は?」
「何だよ」
「いや、今『結婚』って言ったから」
「いけねえのか」
「少し驚いただけだよ」
「つうかお前に拒否権はないけどな」
「どういう意味」
「ほらよ」


 私の視界に映ったのは、ダイヤモンドが繊細に散りばめられた婚約指輪だった。


「結婚、するしかないよな」
 口元を上げると、またもや昔のような厭味ったらしい笑みを、三上が漏らした。


「・・・しゃあなしね」


 私がそう言ったと同時に、一生懸命隠してきた動揺たちが一気に外へと溢れてきた。あろう事か、ぶわっ、と涙までもが流れてきた。楽しかった青春時代を思い出しながら流した悲し涙しか最近出てこなかったなあ、などと思いながら、私はいつの間にか三上の胸の中にいた。そして、私の髪を撫でながら三上は、徐に私の名前を呼んだ。



「なに?」
「大人になれたか?」
「うん。アンタのおかげで」
「そうか。良かった」








ピーターパンにさよならを
(2014/02/27)

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