秋は人肌恋しくなると、他人は言う。


 夏独特の燦々と輝く太陽の光が少しだけ弱まり、熱気を帯びた風から冷気を纏った風へと移り変わった。青々としていた山も、今では暖色のグラデーションに変貌していき、人々をうっとりと魅了させるまでになっている。私も、その中の一人だった。山や木々、街並みに生い茂る植物たちをぼんやりと眺めては、思わず目を細める。しかし、どうしても埋まらない胸の穴は、ぽっかりと空いたままであった。
 あの時も確か、季節は秋だったと、不意に思い出した。





「おー、。久しぶり!」
「ブン太。久しぶり」
「元気にしてたか」
「まあまあかな。ブン太は?」
「俺は超元気」
「そっか。なら良かった」


 数日後、私は思う所があって、以前付き合っていた男である丸井ブン太に連絡を取った。別れてからは殆ど会っていなかった私たちだが、彼のとても元気そうな顔を見ると、気の所為かもしれないが、ぽっかりと空いていた胸が、少しだけホッとした温かいものに包まれたように感じられた。


「ここら辺、居酒屋多いから適当に店入ろうぜ」
「うん。そうしよっか」


 結局行き着いたのは、何処にでもあるチェーン店の居酒屋だった。


「バイトの給料日前だからあんまり金ねえんだわ。わりいけど此処でもいい?」
「私は全然構わないよ。入ろっか」
「おう」


 入店すると、店員に奥のほうにあるテーブル席へと案内された。店員がおしぼりを持ってくる間、二人とも椅子に座れば早速ドリンクの種類がずらりと並べられてあるメニュー表を開いた。


「ブン太は何にする?」
「俺はカシオレ」
「じゃあ私はピーチフィズにしようっと」


 程無くして、先程の店員がおしぼりを持ってやって来た。二人に温かいおしぼりを渡すと、「ドリンクはお決まりですか」と訊かれたので、カシスオレンジとピーチフィズを注文した。ピッピ、と慣れた手つきでハンディーを操作し終えた店員は、「かしこまりました」笑顔を添えてそう言うと、ドリンカーがある方へと帰って行った。


 数分後、ドリンクが運ばれてきた。その間、食事のメニューを二人で選んでいたので、ドリンクを持って来た店員に枝豆や生ハムとアボカドサラダ、焼き鳥五本盛り合わせ、それにブン太が「絶対これ美味いって!」と自信満々に言った、特製チャーハンを注文した。まだ何も食べていないのに早速ご飯ものを注文するあたり、相変わらずマイペースなブン太だなあと、自然と口元が綻んだ。


「そんじゃ。久しぶりの再会に乾杯!」
「乾杯」


 カチン、とグラスを傾けて乾杯した。乾杯すると、随分と喉が渇いていたのだろう。ブン太はカシスオレンジを二口、三口と一気に喉に流し込んだ。「っはあ。やっぱり酒はカシオレ様に限るぜ」なんて言葉も出る程に、美味しそうに飲んでいた。
 すぐに枝豆が運ばれて来ると、それをつまみながら私たちは近況を話し合った。


「大学はどう? ちゃんと行ってる?」
「おう、大学楽しいぜ。も立海大に進めばよかったのに」
「私は他にやりたい事があったから。ブン太とは違うよ」
「そうやって内部入学する奴をバカにするー」
「してないって。でも、ほんと元気そうで良かった」


 ブン太は、私の見る限り、何処も変わっていなかった。中高時代のあの頃のように眩しくて明るくて、冗談もたまに言う。それらは私の心をひどく和ませ、そして安心させた。おそらく私の初めての男だったからだろう。付き合いだした時も確か、少しだけ肌寒いこんな季節だったように思える。


 ブン太とは高校を卒業して以来、全く会っていなかった為、こうやって二人で酒を交わすのは初めてだった。実に二年ぶりの再会である。思っていた通り甘いお酒が好きな事も分かったし、相変わらず美味しそうにご飯を食べる姿も懐かしかった。


 そうやって楽しく会話を弾ませていると、いつの間にか話は、翌年の一月に行われる成人式の話題になった。


も行くよな。成人式」
「行くよ。ブン太はー・・・絶対行くよね」
「当たり前だろい」
「普通のスーツで来てね」
「何でだよ」
「ブン太が白の紋付き袴で来たら私、爆笑して式どころじゃないから」
「ヤンキーみたいな事、俺がするかっての」
「でも、意外と似合っちゃったり?」
「ま、俺の事だから何でも似合うだろうな」
「言うと思った」


 ブン太と目を合わせると、何だか余計に可笑しくなって、二人揃って笑い合った。アルコールが回っている所為もあるのだろう。気持ちがいつもより昂っている。ピーチフィズから始まった酒も、いつの間にやら四杯ほど飲んでいた。そんなに酒が強くない私だったが、相手がブン太という事もあり、嬉しくってつい飲み過ぎてしまった。
 やがて目がとろんとして、瞼が重くなってきた。それに気付いたブン太も私を心配する。


。結構酔ってんじゃねえの? 大丈夫か」
「んー。そうでもないよー」
「いやそれ完全に酔っ払ってるから。外出る?」
「んー」
「しゃあねえなあ。ほら、手出せ」
「あーい」


 ブン太が会計を済ませてくれると、私たちは店の外へと出た。酔いが身体中回って足元も千鳥足の如くふらついている私に、ブン太は肩を貸してくれたし、おまけに「無くすだろい」と言って私のバッグとストールまで持ってくれた。こちらは酔っ払いの身である為、とやかく言えない立場なので、ブン太の言う事全てに従った。


「どっか休憩していくか」
「ん? んー」


 その意味が分からないまま、私は生返事のような曖昧な返事をするとブン太に連れられていった。
 そして歩いて五分ほど経ったところに建ち並んでいたのは、ネオンが艶っぽく輝くホテル街だった。漸く意味を理解する。


「ここって、もしかしてラブホ・・・?」
「休憩するにはちょうどいい場所だろい」
「そうだけど」


 ホテルの中に入ると、ロビーでブン太は空いている部屋のボタンを押す。その間、私たちは恋人同士のようにぎゅうっと手を繋いだままだった。「部屋、三階だってよ」そう言うと、私たちはエレベーターへ向かった。エレベーターに乗っている間、酔っ払っている私を気遣ってだろうか。いつもは饒舌なブン太だが、何も話してこなかった。


 部屋を開けると、ソファとテーブルの奥に大きなベッドがメインに置かれていた。酔いの所為もあって睡魔にも襲われていたので、とにかく横になりたかった私は、勢いよくベッドに飛び込む。すると、見兼ねてブン太も私の隣に寝転んだ。二人は見つめ合い、自然に距離が近付いていくと、どちらからともなく口付けを交わした。


 そして私たちは、行為に及んだ。





 裸のまま、真っ白なシーツに包まりながら、ブン太と肌を合わせながら、私はまさに幸せの絶頂にいた。嬉しくてにやにやと微笑んでいると、「なーに笑ってんだよ」と、ブン太が私の髪をくしゃくしゃと撫でた。そのちょっとした仕草すら、愛しく感じる。
 行為が終わった後、ブン太がベッド脇にあった有線のラジオをオンにした。流行りのJポップが流れてくると、「俺この曲好き。知ってる?」「知ってる。いいよねこの曲」なんて、ほんのりと甘いピロートークが交わされる。


 徐に、私はブン太の身体を抱き締めた。ブン太も私に応じて抱き締め返してくれた。数年ぶりに感じるブン太のあたたかさに、私は思わず身を任せた。居心地が堪らなく良くて、ずっと彼の胸の中にいたい程だった。
 今がその時だと、私は決心する。ゆっくりと口を開いて、言葉を発した。


「私、やっぱりブン太の事が好き」
「・・・マジ?」
「うん。ブン太とやり直したい。だから今日、飲みに誘ったの」 


 まるで懐いた猫のような上目遣いで、ブン太の返事を待つ。絶対いけると思った。
 しかし、次にブン太が放つ言葉によって、私は奈落の底に突き落とされる事となった。


「ていうか俺、今彼女いるんだよな」
「えっ・・・」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「うん。知らなかった」


 ブン太に彼女がいると知った途端、鈍器で強く頭を殴られたような感覚に陥った。どういう態度を示せばいいか分からなかった。けれど、今は無理やり平静を保つしかないと思った私は、「彼女はどんな子?」なんて台詞を白々しく吐いた。それと同時に、何故ブン太は彼女がいるというのに私とセックスをしたのだろうと考えた。そうやって暫く考えた結果、“元カノ”というものは、元カレにとって都合のいい女に過ぎないのだという自論に至った。途端に悲しくなった。


 しかし、私が悲しくなる暇を与えずにブン太は言う。
 私とブン太、二人が知っていたJポップの曲はとっくの昔に流れ終わり、今は私の知らない曲が流れ始めていた。初めて聴いた曲だが、どこか私の心を安心させるような、そんな不思議な曲だった。


「なあ。もっかいシねえ?」
「・・・うん。いいよ」


 私は小さく微笑むと、もう一度ブン太を抱き締めた。


 私だけが、どんどん落ちぶれていく。取り残されていく。
 だけど、どうか流れているこの音楽だけは止まらないで。








ドンストップ・ザ・レディオ
(2014/01/31)

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