両親の仕事の関係で、高校の間だけ東京にある高校のうちの一つである秀徳高校へと進学したは、高校卒業とともに田舎へ帰った。田舎に戻ると決めたを、どうにかしてでも引き留めたかった俺は当時、かなり食い下がった。しかし、が頑なにそれを拒否してこちらが折れた結果、俺は遠距離恋愛をしてみたらどうかと提案した。そして返ってきた言葉がこれだ。 「遠恋? 私たちに無理でしょ」 当然のように『無理』とあっさりと言ってのけるに対して少しだけ驚愕したが、俺はすぐに反論した。 「何でだよ。今や携帯やスマホが普及してんだから離れててもいつでも連絡取れるっしょ」 「だって、正直高尾モテるじゃん。分かってる? お互い遠くて違う大学に進学するって事」 「それは・・・」 「私みたいな芋臭い田舎娘より、都会の可愛い女の子の方が魅力的に見えるでしょ」 「そんな事ねえよ。俺はが世界一可愛いと思ってるし。マジで」 「高尾の『マジで』こそ信頼できるものはないんだけど」 「いや、んな事ねえってマジ・・・あ、ごめん」 「だから、ね? 今日で終わりにしよう。高尾」 それでも、俺は煮え切らなかった。しかし、の意思は思ったよりも固かった。結局俺が粘った結果、卒業までは付き合ったものの、高校卒業と共に俺たちは別れた。少しだけ憧れてた遠距離恋愛っつーもんもナシ。 そして俺たちは、赤の他人になった。 ◇ 大学へ入学すると、適当にサークルに入って適当に講義を受けて適当に遊んで適当に彼女作ってセックスして、俺はただの何処にでもいる普通の大学生に成り下がった。高校時代の輝かしい俺はもう、此処には居ない。あんなに夢中になって好きだったバスケは、時々遊び程度にやるくらいだ。月日の流れは時として残酷だと、思い知らされた。 大学を卒業すると、俺はラッキーな事に、誰もが聞いたことのある、割と有名な会社へ勤める事となった。新卒で入社して現在3年目。新入社員の頃は全く出来なかった仕事も今や楽々こなせている。そうやって仕事に慣れてきた時の出来事だった。 「高尾ー。昨日部長から依頼された資料出来てるかー」 「出来てまーす。今から部長に提出しに行きます」 「おおそうか。よろしく頼む」 「ウィーッス」 課長に資料を渡しに行こうと、ガタン、と椅子を立ったと同時にスマホのバイブ音が鳴った。差出人は、まさかの真ちゃんからだった。真ちゃんの方からメールだなんて、珍しい事もあんだなーなんて思いつつ、メールを開封する。メールには、短い一文だけが添えられていた。 『高尾。今日のお前のラッキーアイテムは“わすれもの”なのだよ』 ・・・は? 思わず目を疑った。 真ちゃん何言ってんの。医者になりたてでおまけに毎日忙しいからって頭おかしくなっちゃった?いや頭おかしいのは前からだけど・・・ってこれ真ちゃんに言ったら殴られるな。ていうか何なんだよ久しぶりに連絡来たと思ったら、おは朝のラッキーアイテムの報告って。しかも俺の。それより“わすれもの”って何だ?俺、今日なんも忘れ物なんかしてねえし。あ、朝飯食べ損ねたくらいか。いやいやますます意味分かんねえし。 メールの内容が気になって仕方がなかった俺は、真ちゃんに電話をかけてどういう意味かと訊ねようかと思ったが、どうせアイツは忙しくて電話に出てくれないだろうと推測し、諦めてスマホをデスクに置いて業務に戻った。 「部長。昨日言ってた資料が出来ました」 「出来たか。すまんな高尾」 「いえいえ。部下の仕事ですから当然です」 「はは、よく言う。それでな高尾。お前に案件を頼もうと思って」 「え、俺にですか」 「そうだ。向こうのクライアントも既にいらしゃってるから、2階の小会議室に行って来い」 「分かりました」 部長に頼まれた俺は、エレベーターで2階にある小会議室まで向かった。おいおい、部長さんよお。いきなり案件を俺に振ってくんなっつうの。どうせいつも通り誰もやりたがらない面倒な案件なんだろうな。そうやって項垂れながら色んな事を考えつつ、目的地に辿り着いた俺は、小会議室の扉を開く。心なしか、ドアが重たかった。 「失礼します。○○商社××課の高尾和成です」 「おお、キミが高尾くんか。お噂はかねがね聞かせてもらっているよ」 「は、はあ。ありがとうございます」 「挨拶が後になってしまったね。私は△△物産営業課の□□□□です。よろしく」 「こちらこそ、本日はよろしくお願い致します」 『お噂はかねがね』って笑顔で言ってるし、もしかして俺、期待されてる?なーんてな。口元が自然と緩んでしまうのをぎゅっと横に引っ張って、営業課の相手の方と挨拶を交わした。 少しだけ長い挨拶も終わったところで早速、案件の話に移りたかったが一つ、気になる事があった。 「あの、□□さん。お隣に居る方は・・・」 彼の隣に、見覚えのある顔があったのだ。目を疑わずにはいられなかった。 「あ、そうそう。隣の彼女は私の部下だ。名前は―」 夢・・・いや、幻かと思った。だって目の前に居るのは 「です。初めまして」 あろう事か、高校卒業とともに別れた元恋人だったのだから。 ◇ 「真ちゃん。どう思うよコレ」 「どうもこうも、俺には関係ないのだよ」 「相変わらずひでえのな」 「何を言われても構わん。それよりもは上京していたのか」 「ああ。△△物産東京本社って名刺に書いてたからそうっしょ」 「そうか。で、高尾。お前はこれからどうしたい」 「は? どういう意味だよ」 「とだ。大学時代は遊び呆けていたが、まだ引き摺っているんだろう、彼女の事を」 「んなわけねえよ。アイツの事なんざ今日まですっかり忘れてたし」 「ほう。ならば何故、わざわざこんな居酒屋まで呼び出して俺に相談してくるのだよ」 「そ、それは・・・。あっ、真ちゃんと久しぶりに飲みたかったっていう口実!」 「ふん、馬鹿め」 そう言った後に、真ちゃんが焼酎の水割りを一口喉に流す。すると、カラン、とグラスの中に入っている氷が鳴った。カウンター席だった為、ちらりと横目でその様子を眺めつつ、喉が渇いていた俺もビールを三口程一気に喉に流し込んだ。夏が近い。 店に入って二時間くらいだろうか。何やかんや居酒屋でダラダラと飲んでしまった。終電時刻まではまだ余裕はあったが、明日も互いに仕事があるからそろそろ帰ろうという事になった。俺だって昔のように馬鹿みたいに飲んだり、終電逃してオール出来たりする程、若くはない。 会計を済ませると外に出た。ジトっとする湿気が煩わしい。バスケやってた頃は煩わしいとか全然思わなかったのになあ。何よりバスケが一番だったし。 そんな事を考えていると、あっという間に駅に着いた。飲み屋街付近の駅なだけあり、平日というのに駅のホームには人が大勢溢れ返っていた。家が逆方面の俺と真ちゃんは此処でお別れだ。 「じゃあ真ちゃん。また飲もうぜ」 「ああ。何年後かにな」 「真ちゃんひっでえ!」 「冗談だ。それよりも」 「それよりも?」 「忘れ物をなくさないようにするのだよ」 「は? 朝から真ちゃんなーに言ってんだか」 「決めるのも高尾次第だ。まあ、せいぜい頑張るのだよ」 「はいよ。じゃあな、おやすみ」 電車に揺られること、約20分。自宅の最寄り駅に着いた。飲み足りなかった俺は、近くのコンビニに寄ってビールとつまみを買い足してから帰宅した。玄関の灯りを点けて、一日共にした革靴を脱ぐ。リビングに入ると、すぐに部屋着であるスウェットに着替えた。無音が寂しいからとりあえずテレビの電源をオンにする。そして先程買ってきたビール缶のプルタブを開けた。 今日も、なんて事の無い一日が終わろうとしている・・・筈だった。 ふと、アイツの顔が頭に過ぎった。いつだって、どんな時だって凛としたその姿は、数年後の今日も全く変わってなどいなかった。とある友人がいつか話していた。一瞬でも過去の女の顔を思い出せば、当分は頭の中に嫌でも残ってしまうらしい。それがこの事かー、なんて呑気に思える程、今の俺には余裕はなかった。 ついさっき脱ぎ捨てたばかりであるスーツの内ポケットを探る。見つけた。と書かれた名刺。テーブルに置いたスマホを片手に持って番号を入力する。『高揚感』。これが今の自身の心情に相応しいだろう。心臓の鼓動が速まっていくのが安易に分かった。そうだ、あの時も今日のような日だった。アイツに、に告白した時も、ジメっとした夏間近の季節だった。果たしてこれは偶然だろうか。発信ボタンはもう押した。電話越しにはプルルル、と音が鳴り響いている。 そして、3コール目が響いた後、音が鳴り終わった。 『もしもし』 「もしもし、? 俺。高尾だけどさ」 夏が始まる。 セカンドシーン≪前編≫ (2014/01/14) clap |