大きなしだれ柳の花火を背景にして、二人は唇を重ねた。それは一瞬の出来事で、虚を突かれたは目を瞑るどころではなかった。キスが終わると、二人の距離がほんの少しだけ遠ざかる。と言っても遠ざかったのはの方だったのだが。一歩、二歩と、後退する。


「何でキス、したの」
「さあ。なんでやろな」
「そうやってはぐらかす人は私、好きじゃない」


 まるで先程キスをしたなんて事を忘れたかのように、仁王はなんて事ない、しれっとした素振りをして答えた。その顔つきがにとっては気に食わなかった。彼女にとって初めてのキスだったのだから。それを容易くやってのけた仁王に対し、憤りすら覚えた。


「もう、今日は帰る」
「送るぜよ」
「いい。一人で帰る」
「夜道に一人は危ないじゃろ。送る」
「いいって言ってるんだからいいの!」
「・・・そうか。分かった。じゃあ、またの」


 は仁王の言葉に返事をせずに、踵を返すと足早にその場から去っていった。





「だーから言ったろい。仁王を好きになるなって」
「ま、まだ好きになってないもん!」
「もしも好きになっていないとしてもだ。時間の問題だったな」
「うっ・・・」
「いいんじゃね? 仁王の本性が知れて。ああいう奴なんだよ」


 煮え切らなかった。確かに仁王はの問いに、はぐらかすようにして答えようとはせず、その上ファーストキスを容易く奪う様な最低な男だ。は怒って当然である。勿論、嫌いになっても仕方ない。しかし、彼女の心の中では、やはり何処か裏があるというか、本当にあれが仁王の本性なのかと疑っていた。彼女自身、自分が馬鹿だと確信しているだろう。それでも、知りたかった。本当の事を。


 スッとが静かに立ち上がる。見上げる形となったブン太は、頭に疑問符を掲げてに問う。


「どうした?」
「会いに行く」
「誰にだよ」
「仁王くんに」
「はあ? おま、何言ってんだよ。俺、仁王とはダチだけど、もうアイツとは会わない方がいい」
「でも、私はまだ彼の色んな事をまるで知らない。それを訊きに行く」
。お前、本当に仁王の事好きになったのか」
「好きとか嫌いとかじゃないの。彼の本心を知りたい。ただそれだけ」
「・・・ったく。好きにしろい」


 駄菓子屋の出口に付けられている風鈴がチリンチリン、と小さく二度鳴った。





 今日は、近年稀に見る猛暑日だった。とある地方では40度を超えたというニュースも、テレビ越しではあるが目にした。外に出た途端、ジトッと湿気を帯びた熱風がの前の吹き抜ける。一歩、二歩程しか外に出ていないというのにすぐ額から汗が噴き出し、流れ落ちた。
 そんな猛暑の中、は自転車のサドルに跨り、ペダルをぐっと勢いよく踏み込んだ。目的地は勿論。


 平坦な道を漕ぎ続けると、緩やかな上り坂が待ち構えていた。やや強くペダルに力を入れる。ごく一部ではあるが、この辺の街並みは大体分かった。少しだけ街へ繰り出すと、観光地があるという事。この間、祖母に連れて行ってもらった人気店らしいわらび餅屋がとびきりに美味しかった事。たまに、廃れた商店街も見受けられて心寂しくなった事。勿論、近くに海がある事も、此処に来て分かった。


 上り坂が終わりを告げると、今度は下り坂に入った。今度は踏ん張って漕がなくても大丈夫だ。自動車や歩行者にに気をつけながらも、顔面に吹き付けてくる風に、夏ならではの小さな幸せを覚えた。カーブを曲がり少ししたところで、はゆっくりと自転車の速度を落としていく。


(あと少し。もう少し・・・。)


 漸く目的地へと辿り着いた。は自転車から降り、いつもの丘を登っていく。普段に増して暑いからかもしれない。ただの気の所為かもしれない。今日は少しだけ足が重い。しかし、一歩一歩足を踏みしめながら、確実に丘の頂上に近付いていく。


 登りだしてどれくらい経っただろうか。やっと頂上の景色が見え始めた。時刻は夕方だが、季節は夏の為、日が沈むにはまだ早いようだ。顔を上げると太陽の光がキラキラと輝き、心底眩しい。熱気の所為もあるのだろうか。丘の頂上の雑草たちが、ゆらゆらとゆらめいて見えた。


 とうとう頂上まで登り終えた。は覚悟を決める。
 そしてそんな中、彼女の視界に映ったのは   








(2013/12/05)
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