「おばあちゃん。ただいまー!」
「おかえり、ちゃん。あの丘、無事に辿り着けたかい」
「うん。とっても綺麗だったよ。海ってやっぱり素敵だね」
「そうかい良かった。この夏はうんと遊んだらいい」
「ありがとう、そうするね。あ、アイス貰ってもいい?」
「いいよ。でも小遣いから引いとくからね」
「・・・はーい」


 の祖母は、小さな駄菓子屋を営んでいる。は幼い頃にしか訪れた事がなかったが、駄菓子屋の近くに建設された大きなデパートやショッピングモールたちの所為で、店は段々と廃れていった。今では、いかにも“昔ながらの駄菓子屋”に変貌してしまっている。繁盛していた頃の遠く、懐かしい記憶を思い出しながら、は少しだけ感傷に浸る。
 それでも、足しげく通う者も中には居た。


 チリン、と風鈴が鳴ったと同時に、出入り口の扉がガラリと開いた。


「ばあちゃーん。今日も来たぜ」
「おお、ブンちゃん。待ってたよー」
「今日は特別あちいから、サクレちょうだい」
「あいよ」
「サンキューばあちゃん!」


 棒アイスをペロペロと舌で舐めながら、はその光景をぼんやりと眺めていた。赤髪の男の子。背丈は、よりも少しだけ高い。祖母はその少年の事を“ブンちゃん”と親しげに呼んだ。駄菓子屋だし、常連さんなのだろうと一人納得しているところに、赤髪の少年が漸くこちらの存在に気がつくと、の方を指さし、こう言った。


「ばあちゃん。ところで、その子だれ?」
「ああ。うちの孫だよ。っていうんだ。可愛いだろう」
「は、初めまして。です。夏休みの間、おばあちゃん家で過ごす事になって」
「ふーん。見た目からして、高校生って感じ?」
「はい。高校二年です」
「まじで。俺と同い年じゃん。俺、ブン太。よろしくな、!」
「えっと。よろしく、ブン太くん」


 ニカっとした、太陽の様な笑顔が似合う少年だ。それにしても、初対面で名前を呼び捨てにされるのは初めてだっただけに、にとってそれはもうとても衝撃的だった。と同時に、人懐っこい性格の少年なんだと、は思う。そんなをよそに、ブン太は祖母に話を続ける。


「仁王の奴、今日も部活サボってよー。俺が真田に怒られてさ、意味わかんないっつーの」
「あらー。雅治くん、試合も控えてるのに駄目じゃない」
「だろい? 全くアイツは中学の頃から何も変わらないぜ」


(“まさはる”って、福山雅治の“雅治”なのかな。だとしたら格好いい名前だな。)


 一方、はというと、そんな至極どうでもいい、下らない事を一人ぼんやりと考えていた。
 二人の会話を終始聞いていたら、指にヒンヤリとした感触が伝ってきて、ハッと我に返った。手元を見ると、食べかけのバニラ味の棒アイスが溶け出していたのだ。「わ!」慌てて舐め取ろうとしたが、時既に遅し。バニラ味の白い液体がポトリと地面に落ちた。


「ごめんおばあちゃん!すぐに拭くね」
「ああ。構わないよ。あとでおばあちゃんが拭いておくから、ゆっくりしてなさい」
「ありがとう」


 祖母に感謝しつつ、漸く棒アイスを食べ終えた。ブン太くんの方を見れば、とっくの昔にサクレアイスを平らげていた。と、その時、は先程祖母とブン太が話していた会話を思い出す。


「ところで試合って? あ、ラケットバッグ持ってるってことは、テニス部?」
「おう。これでも結構上手いの、俺。全国にも行ってんだぜ」
「全国とか、凄いじゃん! 憧れるなあ、全国大会」
「その裏には並々ならぬ努力があるわけなんだけどな」
「次の大会はいつあるの?」
「一週間後。せっかく暇してんだし、も観に来れば?」
「本当に? 行く行く! 応援しに行くよ」
「サンキュ。しっかし仁王、試合来るのかねえ。この調子だと欠場も有り得るかも」
「仁王くんって、どんな人なの?」


 一瞬ブン太の顔が強張った様な気がした。しかしすぐに平静を取り戻せば、「ああ、あいつはな」と言葉を続ける。


「不思議な奴だよ。何考えてっか分かんねえの。それが一番タチ悪いんだよな」
「へえ。不思議な人・・・か」
「今度の試合、観に来ればきっと分かるぜ。まあ、ある意味面白いっちゃあ面白い奴だな」
「そっか。試合楽しみにしてるよ」
「おう。じゃ、俺そろそろ帰るわ。、またな。ばあちゃんも元気で!」
「うん、また! ばいばい」


 出入り口の扉が閉まると、再びチリン、と風鈴が鳴った。祖母は裏口から雑巾を持ってくると、先程が落としたアイスの跡を拭き始めた。「おばあちゃん。私やるよ」「構わないさ。ちゃんはゆっくり休んでなさい」やわらかな微笑みを添えて祖母はに言う。


「ねえ、おばあちゃん。仁王くんって此処のお店にも来た事あるの?」
「そうだねえ。中学の頃からブンちゃんたちと一緒に来てるわよ。どうしたの」
「ううん。ちょっと聞いてみただけ。じゃあ私、部屋戻るね」
「宿題もちゃんとするのよ」
「はーい」


 ギシギシと音を鳴らす、古めいた階段を上りながらは今日あった出来事たちを思い返す。


(仁王くんかー。どんな子なんだろうな。でも、それより私は・・・。)


 の頭の中は、あの丘で出会った男の事でいっぱいだった。








(2013/10/10)
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