あれから五年が経過した。
 は地元の大学に進学し、現在四年生である。大学三年の冬から始めた辛かった就職活動も無事終わり、一月半ばに締切だった卒業論文も、どうにか提出し終えた。残すは卒業出来るかどうかをハラハラしながら待つのみであった。そんな、三月初旬の出来事である。


 海に行きたいと、不意には思った。しかしの地元は海がない為、何時間もかけて遠出するしか海に行ける手段がない。けれど、春休みの今は海に行けるには十分時間が有り余っていた。思い立ったが吉日。は軽い荷物が入った鞄を手に提げて、電車に飛び乗った。





 五年振りに訪れた神奈川の海は、何処も変わっていなかった。しいて言えば、冬の海なだけあり、人は疎らで、サーフィンをしている人間しか居ないように見受けられた。海岸通りを歩きながら潮風に当たる。三月なので、まだ凍えるくらいにとても寒い。


 海岸通りを歩いていると、ふと、あの丘が見えた。懐かしい。色んな事があった。私はそこで、不思議な男の子と出会った。あの17の暑い夏の日。思わず口元が緩む。すると、その時だった。よく見てみると、丘に人影があるのを見つけた。こんな冬に珍しいな、などと思いながらも、私は少しだけ気になった。あの人影は確か、見覚えのある   


 私は走った。あの丘に向かって。


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 息を切らして丘の上まで私は駆けた。こんなに急いで走ったのはいつ振りだろうかと思いながら、ゼエゼエと息を切らして頂上まで登りきった。そして、私の視界に入ってきたのは、ベンチに座った銀髪の、ひょろりとした細身の男だった。人違いでもいい。思わず私は声をかけた。


「仁王、くん・・・?」


 男は振り返る。の目に映ったのは、紛れもない、あの17の夏に出会った仁王雅治だった。仁王は徐にベンチから腰を上げると、の方へと足を、一歩ずつ近づけていく。そうして向かい合う形になると、の心臓の鼓動はいつもよりペースが早くなったのが、容易い程に分かった。そして、彼が放った第一声は、にとって五年振りに涙腺を刺激させるものであった。


「待ってたぜよ」


 その一言が、欲しかった。涙目になりながら、はうんうんと何度も頷いた。でも、今日は泣かない。五年前、仁王はの泣き顔は見たくないと言ったからだ。だが、次に仁王が発する言葉によって、泣かないと決心した気持ちが悉く、崩壊される事になる。


「俺も好きじゃ。お前さん、の事が」


 思ってもみない、彼女にとって最高の言葉に、の顔はくしゃくしゃに崩れた。まただ。声を上げて泣き出した。それを見た仁王は苦笑する。そして、あの時のように仁王はを抱き締めた。「今度は怒られんじゃろうな」と、そう言えば、仁王は泣き顔のの唇にキスを落とした。


。今、幸せか」
「うん・・・。最高に幸せだよ」
「そうか。なら良かった」
「仁王くんは?」
「俺も同じ気持ちじゃ」


 不意に二人は目を合わせると、どちらからともなく笑い合った。






 二人にとって、一足早い、春が訪れた。








「ひと夏のネバーランド」Fin.
(2014/03/09) inserted by FC2 system