丘を登りきると、長い銀髪をなびかせた男がベンチに座っていた。ここ数日間、来る日も来る日も毎日は丘に向かったが、仁王は一向に姿を見せなかったので、半ば諦めかけていた。そんなところに、本人の登場で思わず胸の鼓動が速くなる。確かめながら一歩ずつ足を進めていく。ぼう、と遠くを見据えている仁王はまだ、の存在に気づいていないようだ。そして、彼の後ろへと近付けば、徐には声をかけた。 「仁王くん」 名前を呼ばれた本人は、ゆっくりとこちらを振り返る。特に驚いた様子はなかった。もしかすると、の気配に気付いていたのかもしれない。 「ああ。お前さんか」 「久しぶりだね」 「そうやの。相変わらずこの場所はいいぜよ」 再び、仁王は海の方へと顔を向ける。その横顔は、数日振りに見ても、いつ見ても綺麗で且つ壊れてしまう様に繊細で、見惚れてしまう程だった。 「私、もう怒ってないよ」 「夏祭りのか」 「うん」 「あの時は、すまんかった」 「怒ってないんだから、謝らなくていいって」 は小さく笑うと、「隣、座ってもいい?」「いいぜよ」と許可を貰ったのでが仁王の隣に静かに座る。彼女も仁王に倣って、延々に続く広大なる青い海の景色に見入った。此処は、とてもいい場所だ。自然と心が安らぎ、緊張だってほぐれる不思議な場所である。そう思っているところに、は決意をしたのだろう。ゆっくりと口を開く。 「仁王くんに伝えたい事があって、今日は此処に来たの」 「ほう」 「聞きたい?」 「どっちでもいいぜよ」 「もう。相変わらずだね。ま、いいや」 変わらぬ仁王の態度に呆れながらも、その、普段と変わらない仁王に自然と頬が緩んだ。すう、と息を吸い込むと、の口から言葉が吐き出される。 「好きです。仁王くん、貴方の事が」 そうやってに告白された仁王は、まるで虚を突かれたかの様に少しだけ目を大きくさせ、閉じていた口を僅かに開けた。初めて見せる表情だった。驚いているのかもしれない。その間も、は言葉を続ける。 「それを言いたくて今日来たの。返事は要らない。貴方のおかげで楽しい夏でした。ありがとう」 そう言って、は座っていたベンチから腰を上げた。悔いはない。伝えたい事は全て、言い切った。そうして、仁王を置いて、独り去っていこうとしていた、まさにその時だった。 「」 初めて、仁王がの名前を呼んだ。 たったそれだけの些細な事だったが、にとっては飛び上がる程に嬉しくて、いつの間にか彼女の涙腺を刺激させていた。名前を呼ばれたは、思わず立ち止まる。そして、後ろから初めて感じる温もりが、を包み込んできた。 「仁王、くん・・・?」 「好きになってくれて、ありがとな」 「うん・・・。好きだから。ずっと仁王くんの事、大好きでいるから・・・」 「分かった。分かったから、俺の前では泣かんで」 知らぬ間に、は涙を流していたらしい。その事実に気付けば、今度はおいおいと声を上げて泣き出した。その間、仁王はぎゅう、と彼女を自身の胸の中で抱き締め続けた。時には、背中をポンポンと優しくさすって。その優しさに、ますますの泣き声は大きくなるばかりであった。「泣くのやめんしゃい」「だって・・・。もう会えなくなると思うと悲しくって」泣き続けるを見つめながら、仁王は再び、の名前を口にした。 「」 「・・・うん。なあに」 腕に力を込めて、仁王はの言葉に答える様に、再びをぎゅう、と抱き締めた。 「いつか、この丘で待っとる」 の17歳の夏が終わった。 (2014/03/09) |