後日、は再び丘を目指して向かっていた。彼が居なくてもいい。でも、出来れば居て欲しい。そんな気持ちを胸にしまい込んで、ひたすら自転車を漕いでいた。その時だった。「!」と、後ろから自分の名前を呼ばれた。思わず自転車を止めて、声がした方へと視線を向ける。


「ブン太くん!? どうしたの」


 そこには、おそらく走ってきたのだろう。ゼエゼエと息を切らしたブン太が居た。「そんなに急いで。何か用でもあった? あ。もしかして私、おばあちゃんに店番頼まれてた?」は駆け付けてきたブン太が、何故そんなに急いでいるか分からなかった。うーんうーん、と首を捻る。「ちげえよ馬鹿」ブン太はそう言って首を横に振った。


 「あのなあ」ブン太が徐に言葉を紡いだ。顔をの方へじい、と向けて、彼女の瞳を射抜く。真剣な眼差しで見つめられた形になったは、自然にドキリと一度、胸が高鳴った。


「俺、の事が好きだ。仁王なんかに渡してられっかよ」
「えっ。うそだ」
「ウソじゃねーよ。この夏お前と色々喋ったり海水浴に行ったり、すげえ楽しかった」
「うん・・・」
「夏休みが終わってお前が田舎に帰っても、ずっと連絡取るし、他の女子とも遊ばねえし」
「うん・・・」
「だから、俺と付き合ってください」


 その時、ちょうど二人の間にひゅるりと夏独特の湿り気を帯びた風が吹いた。じとっとした空気が顔に纏わりつく。普段は不快に感じていたその潮風は、今日ばかりは、何故だか不快に思わなかった。“それどころではないから”、と言った方が正しいかもしれない。


 初めて受けた告白に、は心底驚いた。『これがあの告白というやつか』、などと浸りたかったが、悲しい事に結論はもう、には見えていた。彼に言わなくては。


「・・・ごめんなさい。私、ブン太くんとは付き合えない」


 がそう言った瞬間、ガクリとブン太が項垂れる。しかし、意外にもブン太はすぐに顔を前に、の方に向けると、口元をにへらと緩ませてこう言った。


「・・・だと思ったぜ。ダメ元で言ってみたが、やっぱりそうだよな」
「“やっぱりそう”って、どういうこと?」
「今からあいつのところに行くんだろい?」
「どうして知って・・・」
「見え見えなんだっつうの」


 ハハッと笑いながら、ブン太はの背中をポン、と押した。


 フラれたばかりだというのに、ブン太はまるで大切な友人を見送るかのように、しっかりとした面持ちをして佇んでいた。結果は告白する前に既に見えてたからだろうか。もしかすると、もう、吹っ切れたのかもしれない。そして今のにとって、ブン太は誰よりも頼れる存在に見えたのも、確かであった。


「だから、行って来い。
「うん。ありがとう」


 ブン太の後押しもあって、再びはペダルを思い切り踏み込んだ。今度こそは絶対。








(2014/03/08) inserted by FC2 system