このまま時が止まってしまえばいいのに。何度そう願った事だろう。祈った事だろう。しかし、無常にも時間は刻々と過ぎていく。




04




 翌朝、起床するとどうやら今日は俺の方が先に目覚めたようだった。さんはまだ寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。そんなさんを起こさないでおこうと思った俺は、そう、と寝ていたソファからゆっくりと上体を起こす。
 部屋の中は冷房が効き過ぎて寒かったので、設定温度を二℃程上げた。


 そうやって設定温度を上げた後、何となくもう一度さんの方を見た時、漸く俺は気づくのだ。掛け布団の外に出た彼女の両足が、まるでドラマに出てくる幽霊のように半透明に透けてしまっている事を。


 思わず一人、驚いた俺は、気持ち良さそうに眠っているさんを慌てて起こした。「さん。ちょお、起きてください」「・・・ん。ひか、る? おはよ。どうしたの?」まだ、この状況を把握していないであろうさんは、目を擦りながらのんびりとひとつ、欠伸をした。


「自分の足、見てみてください」
「足?」
「はい。さんの足、透けとる」


 目覚めたばかりで脳が鈍足回転だったさんも、自分の足の違和感に気付くと、みるみるうちに顔が青ざめていった。「え、何これ・・・。やだ。また・・・?」驚いた勢いでガバッと布団を横に遣ると、思ってもみない、とんでもない事が起きていた。


「両腕も、両足も・・・首から下、殆んど透けてる・・・」


 そうなのだ。さんの言った通り、彼女の身体はもう、八割程度透けていた。
 見兼ねた俺は、さんの肩を持つと、いよいよこう口にする。


「俺、さんが行った洋菓子店、探してきます。やからさんは俺の部屋でおってください」
「でも、私ひとりじゃ寂しい。私も光に着いて行く」
「でもその身体やったら長袖の服着ても無理があります。絶対なんかヒント探してきますから」


 初めは頑なに俺と一緒に行こうと言っていたさんだったが、俺の必死の説得でどうにか首を縦に振った。普段着に着替えると、「じゃあ、すぐ戻ってきますんで。大人しく待っててください」そう言い残し、さんを置いて、俺は家を出た。


 さんが言うには、いつも俺の家に来る道のひとつ手前の一方通行の道路の脇に、小さな洋菓子店があったらしい。その道を目指して、俺は急いで足を運んだ。夏の暑さと湿気で頭がやられそうなのを我慢しつつ、ひたらすら、駆けた。





 目的地へ辿り着くと、何かヒントが隠されていないか周囲をうろついた。幸い、人が疎らな時間帯だった為、特に怪しがられる事はなかったので、一ミリ程度の塵芥さえも見逃さないよう、とにかく事細かく探しに探した。




 結果から言うと、何もヒントは得られなかった。何も、無かったのだ。小さな洋菓子店も、一口サイズのマカロンさえも手紙も何もかも。絶望とは、おそらくこういう事を言うのだろう。自分の無力さに思わず反吐が出そうになった。どうしてさんの役に立てないのだろう。恋人だというのに、どうしてさんを助けられないのだろう。どうしてさんを悲しませるだけしか出来ないのだろう。どうして、どうして。悔しかった。


 途方に暮れながら、重い足取りで帰宅した。キイ、と小さな音を上げながら、部屋のドアを開ける。


「光、おかえり! 寂しかったんだからー!」


 俺の瞳に映ったさんは、今朝の蒼白な表情とは裏腹に、まるで待ちくたびれた子どものように、嬉しそうで快活だった。俺が帰ってくるだけでそんなに嬉しいか?と疑問に思ったが、思った通り、どうやら理由は違ったようだ。


「あのね! 私、見つけたの!」
「見つけたって、何をです。・・・まさか」




「このおかしな体を治すヒントをね、見つけたの!」




タイムリミットまであと、4日








(2014/04/21)
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